「さようならを塗り込む」


 そう呟けば酷く響いた気がした。


 それが部屋なのかクロスの心のなのか、分らない。


 目の前の年齢よりも老けて見える可愛そうな室長が悲しげな顔をしながら口を開いた。



 本当にそれでお互いが幸せになるの?



 その言葉が酷く他人事に聞こえた。



【さようならを塗り込む】



 あれは運命だったのか、今のクロスは正直分らないでいた。

 偶々クロスはあの・・新しいイノセンスの担当になった。

 そして偶然にもそのイノセンスがクロスと適合した。


 それは一体何の運命なのだろうか?

 クロスはエクソシストになった。いろんなモノが手に入った。そして、いろんなモノが消え失せた。

 彼も、その内の一人だ。



 あぁ、あれもまだ一つの『運命』だっただろう。




 クロスが資料を取りに資料室に入った時の事だ。

 扉を開いた時から微かに嫌な臭いはしていた。それが『嘔吐物』だとすぐに理解した。

 しかも運命なのかその臭いの場所はクロスが探している資料のすぐ近くだった。

 床に座り込む少年が居た。クロスは少年の事を良く知っていた。


 リーバー・ウェンハム。クロスが持っていたら最少年と言う記録をかなり大きく上回った記録保持者である。

 彼は人付き合いが下手ところかそれにトラウマを持つ程人生が可愛そうなガキである。

 いつも回りに妬まれ、暴力や仕事増量をされていた。きっと今回もそうだろう。


 クロスに気付きリーバーの小さな体は一気に震えだした。リーバーは年齢の割りには体が小さいし、細い。確か彼は16歳だった筈だ。それくらいの歳には必然的に成長期が来ている筈だが・・・。

 きっと栄養が行き渡っていないのだろう。リーバーは咄嗟に目を深く瞑り、背を丸め縮こまった。

 クロスは求める資料の棚の前に立つ。そして欲しい本を探す。


 気持ち悪い臭いだ。


 そう思いながら見つけ出した本を骨ばった人差し指で手前へ引き寄せる。そしてその本をバラバラと捲る。

――――だがすぐに本が捲れるのが止まる。



『本が泣いているな』



 クロスはボソッと呟いた。その呟きはリーバーの体を大きく飛び跳ねさせた。クロスはそれを視線だけで見る。その視線を変えぬままに続けた。


『知っているか?人が本を見て居るのと同じで、本も人を見ているんだ』


 そうなのないけどな。クロスは心の中で自嘲をしてしまうが、声を低くなり過ぎない様に言葉を続ける。


『コイツはお前が虐められて酷く不機嫌だ』

『・・・』


『この仕事に不満を感じるなら今すぐ止めろ』


 クロスはビシャッと言った。そんな辛い思いをするなら止めれば良い。確かにリーバーはクロスもピックリする程頭が良い。その為かなりの仕事の量をこなしている。

 だが、そんなの代わりがいる。リーバー一人がいなくでも、な。

 リーバーの震えは大きくなるのを目で見えた。


『何でお前は此処にいる?』


 別に答えを求めてはいなかった。どうせ本人も言わないだろう。ただフッと思った当然の疑問を言ったのだ。

 リーバーの自分の膝を抱える手がキュッとズボンの裾を握った。



『此処が俺の篭だ』



 少し震えた声が返ってきた。体は酷く震えるのに、彼はクロスが思っていた以上に強い人間なのかもしれない。

 リーバーは続けた。


『俺は元は実験体で、実験体の中では抜群に物覚えが良かった。だから俺は教団に拾われた。外で実験の事をバラさない様にやめる選択肢を奪っていて』


 だが、やっぱし16歳の虐められッ子だ。リーバーの声はたんたんと息苦しそうになる。


『そうか』


 クロスは自分の愚問を恨んだ。クロスは求めていた資料を手に持つとリーバーに背を向け帰ろうとする。



『―――ありがとう』



 後ろから不意にそんな言葉が飛んだ。

 クロスが後ろを振り向けば、リーバーが顔を上げていた。頬や額、口端には痣が出来ていたが、リーバーは痛みを感じて居ない様に笑みをクロスに向けた。

 豆鉄砲を食らった鳩の様になったクロスにリーバーは何を思ったかもう一度言った。


『話を聞いてくださって、ありがとうございます』と。




 今思えばその日からクロスはリーバーを気にかけた。リーバーもそれに最初は戸惑ったが次第に慣れてきた。

 リーバーは人付き合いが何処か下手だが、クロスがずっと思っていた『人嫌い』ではない様だった。

 リーバーは他の奴らが持っていない、優しさを持っていた。誰も恨まない。悪いのは自分だ。そう言った他にない優しさにクロスは何処か心を引いた。


 それからリーバーとはそれなり接してきた。また、リーバーもクロスの側をチョロチョロ付いて来た。

 それはまるで小型犬の様だった。勿論小型犬が付いて来ているのは皆も恐れる狼である。

 次第にリーバーの虐めはなくなった。そうなるとリーバーの天才・・・人よしが評価される様になり一気に周りはリーバーを可愛がる様になった。




 そんなリーバーも後少しで18である。あんなに小さかった身長はいつの間にか高くなり、180Cm代になる。

 そのリーバーは今クロスの目の前にいる。


「何の用スか?」


 改めて見て分る。身長もそうだが、リーバーは体つきもかなり変わった。程良く筋肉がついていた。

2年前までは此処、資料室の一番上の資料を取るにも苦労していたが、今は余裕で手が届くだろう。

クロスはそう思いながら徐に(おもむろに)明日着て行く手立てのエクソシストのコートポケットからタバコを取り出す。

リーバーは眉を顰めながらクロスに近づき、クロスのタバコを持つ手の手首を掴む。


「此処は禁煙です」

「知るかよ」


 クロスは言葉を吐きつけるとリーバーの手からタバコを奪い返す。リーバーはムスッとしながらクロスを見る。

 科学班班長あるいは室長だとしてもリーバー程、クロス相手に堂々とした態度は取れないだろう。


 2年前はただ怯えながら大人を見上げるだけのガキだったが、今は違う。


 リーバーはクロスの一押しで立派に立ち上がり、そして歩んだのだ。今は手加減を知らず神経質だが、きっと後数年経てばもっと丸くなって良い大人になるだろう。

 焔の様な紅い瞳が揺らめいた。


「お前は邪魔なんだよ」


 クロスは普段よりも低く言い放った。さすがのリーバーも驚いた様子で垂れた瞳を大きく見開いていた。

 クロスはリーバーが何か言う前に言葉を続ける。


「お前は何か誤解をしてる様だが、お前は俺の何でもない。正直そこら辺うろぞろされると迷惑なんだよ」


 言い切った後すぐに奪い返したタバコを口に加えた。そして吸い、口に溜まった紫煙を何を言えば良いか迷っているリーバーの顔に吐き付けた。

 リーバーは急の紫煙攻撃に勢い良く咳き込んだ。それにクロスは鼻で笑いリーバーに背を向けた。

 そして資料室唯一の扉に向かう。


「待ってください!」


 リーバーの叫び声が聞こえたがクロスは聞こえてないかの様に、資料室から出た。




「さようならを塗り込む、か」


 リーバーも馬鹿じゃない。あんな周りくどいやり方でも察するだろう。これからリーバーに顔を出さなければきっとリーバーもクロスの事を忘れるだろう。

 その方が良い。

 クロスはもはや安全地帯と言われる本部に身を置く身分ではないのだから。


 エクソシスト。これから戦地に行きAKUMAと言うふざけた科学兵器と戦う。


 それが何を意味をするか・・・。


 別にAKUMAに殺されてリーバーが悲しみ新たなAKUMAになる事を心配している訳ではない。

 リーバーは馬鹿に頑固なところがある為クロスが死んでも悲しいが千年伯爵の誘惑を振り切るだろう。

 でも、確実にリーバーの心に暗い影を落とす。今のリーバーはやっと自立を覚えた子供に過ぎない。

 一番深く関わったであろうクロスがいなくなる事はリーバーの心をかなり抉る事になる。それに未だにリーバーはクロスに近づこうとしている傾向にある。


 良い機会だった。


 子供を相手に疲れていたクロス。クロスから自立が出来無いでいるリーバー。

 ―――これは運命なのだろう。





 冷たい風がクロスの頬を撫で通り過ぎる。黒の教団の地下にある水路は年中気温が低い。特に今は冬の為余計寒く感じる。


「さぁ、エクソシスト様・・・」


 隣で背の低い白いコートを着た探索隊がボソッと言った。後ろには見慣れ過ぎて吐き気する室長が笑みを浮かべていた。

 クロスは腰に下げている己のイノセンス―――断罪者にソッと触れた。

 堅い。普通の銃よりも長いそのイノセンスは酷く指に馴染む。まるで一筋の女みたいに。

 クロスは木製の船へ向かって一歩歩み寄った。



「クロスッ!!」



 声変わりをしても尚少し高めの声――――とても聞きなれた声にクロスは振り向いた。

 明るい茶色髪。白い肌。氷の様な瞳。

 彼、リーバー・ウェンハムは室長の隣を通り過ぎクロスの元へ向かう。

クロスは咄嗟にリーバーから室長へ視線を向けた。室長はリーバーを見て『やれやれ』という顔をしていた。それにクロスは眉を顰めたが、室長の顔でリーバーが『現実』だと言う事を改めて知った。

リーバーはクロスの前に立ち、ジッとクロスを見上げる。走って来たのだろうか、白い肌に汗が浮んでおり息も荒い。


「お前、記憶喪失で昨日の記憶がぶっ飛んだとか言うなよ」

「ぶっ飛んでません!昨日の事も覚えてるッス」


 リーバーの返答にクロスは不快そうに眉を顰めた。そんなクロスの眼前に本が現れた。


「今日の任務はドイツでしょ?だから暇潰しの本を渡しに来ました」


 リーバーは無垢の子供の様に頬を赤らめさせながら笑った。この表情は最近ほどんとの人に見せなくなったが、たまに無意識にクロスに見せる事がある。

 それはリーバーにとってクロスが家族の様に信頼する人間だからだろう。クロスは勿論それを知っている。

 受け取ろうとしないクロスにリーバーは「んっ!」と本を更にクロスに突き出す。それに苛立ちクロスは本を持つリーバーの手首を掴み、左に無理矢理ずらした。


「いらねぇよ」

「誰も“あげる”なんで言ってないッス。貸すだけですよ」

「あっそ」


 掴む手に力を入れるが、リーバーは痛みで眉間に皺を寄せるがそれでも本を離さなかった。


「だって!」


 リーバーはバッとクロス元帥の紅い瞳を見つめる。



「クロスに読んで貰いたいって本が泣いているんスから!」



 クロスは一瞬意味が分らなかった。だがすぐに昔の記憶が脳裏を巡った。


『本が泣いているな』


 リーバーの言葉に誰かが笑ったのが聞こえた。そりゃぁそうだ。リーバーは今年で18という立派な大人だ。それなのに『本が泣く』という日常会話にも関わらず擬人法を使ったのだから。

 だがリーバーの目は本気だ。クロスは溜息を吐いた。


 本当にコイツは・・・溜息を吐かせる立場にある俺に溜息を吐かせるとは・・・。


「お前な・・・」

「本は最近出た話なので知らないと思います!」

「そう言う問題じゃねぇよ」


「それに、嫌なんです」


 嫌?


「クロスは人を虐め楽しむ、最強最低のサディストなんスよ!」

「ほぉー・・・殴られたいか?」


 クロスがフ〜と息を静かに出すとリーバーは勢い良く首を振った。


「で、でも!昨日今日のクロスはいつものクロスと違って、悲しんでいたんッス!」


 悲しんでいた?


「凄い辛そうで、でも今の俺はこれくらいしか出来ないんス・・・」


 リーバーがそう言うとクロスは自然にリーバーの手に握られる本に目が行く。痛みからか、無力からか、手が微かに震えていた。



「クロスは俺を助けてくれた!だから今度は俺が助けないとって思ったんだ!」



 運命。そんな言葉がある。


 小さな子供は一人の大人に救われた。


 そして今、それの恩返しをされる。


――――馬鹿だな。お前と会わなければ俺はこんなに苦しむ思いはしなかったんだ。


 クロスは一つ舌打ちをしてから握っていた手を離す。そして差し出されていた本を取る。

 そうすれば目の前のガキは一気に輝く笑顔になった。


――――ガキは面倒だが、まぁ、居ても良いな。


「帰って来たら仕事の邪魔をしてやるからな」

「え!酷いッスよ!」

「お前がそう言ってきたんだろ?」

「言ってないスよ!!あ、」


 ホラ、本が笑いましたよ


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@言い訳@
 本当にスイマセン!なんか意味不明な話以前にクロス元帥がクロス元帥じゃない!アンタ誰!?(ド殴)ただ、『本が泣いている』が書けて楽しかったですw
 本当に無駄に長いくせに話が纏まっていなくで・・・orz
 では色々とスイマセン。失礼します。平成22年4月14日