響き渡る声に耳を塞ぎたくなる。
『シャマル』 『殺したな』
『シャマル』 『愛していたのに』
『シャマル』 『痛いよ』
コッ
目の前に短い金髪の男性。男性は真っ直ぐと俺を見下ろしていた。
【Verso】
イタリアらしい赤い屋根に焼けた白い壁。その脇道に一人の青年が立って居た。
緑みかかった黒い髪。黒い瞳。白い肌。
そんな青年の足元には男性が倒れていた。紅い液体を流している。その液体は呆気なく青年の足元まで来る。
それに青年は見とれた様にしゃがみ込んだ。そしてその液体を人差し指で掬った。親指と人差し指で擦り合わせるとぬるっと感触をした。
青年はゆっくりと口元に弧を描いた。
紅い液体。液体をいっぱい流せば、俺が俺である様な気がした。紅い液体が欲しい、そう思っていた。
だけど、どんなに紅い液体を浴びても心は満たされなかった。虚しさが感じるだけだった。
ましてや足元で倒れている男性の様に憎しみに歪む顔を見れば虚しさの中に苛立ちが生まれる。
青年は男性の顔を踏みつけた。何度も何度も。顔が潰れる程に。
「青年よ!んな事をして楽しいかぁ?」
青年は目を見開き、後ろを振り向いた。一人、男性が立って居た。逆光で影になっているが、辛うじてその人がイタリア人じゃないと分った。髪は短い。
青年は男性を睨み付けた。瞳孔が開き、虚ろな目で男性を見た。
(皆敵だ) 『敵は殺せ。殺られる前に殺れ』
「ああああっ!!」
青年は男性に突っ込んできた。男性はハァと溜息を吐くと青年を左へ避けた。青年は崩れる体制を足と左手を付け、保った。青年はポケットからポケットカッターを取り出そうと手を突っ込んだ時だった。
キッ 青年の喉元にナイフが現れる。
青年は目線だけを横に向ける。横には先程の男性が不適な笑みを浮かべていた。
何も無かったように静けさが訪れた。聞こえるのは何も知らない小鳥の囀りと青年の荒い息だけだった。
「もう終わりだぜ?青年」男性が余裕たっぷりに言えば青年は「そうかぁ?」と口に弧を描きながら言った。
その刹那、男性の腹に左肘が突っ込んだ。「ゲェ・・・」と男性は蛙が潰れた様な声を出す。青年は男性からパッと前へと離れた。その際男性の方へ前になる様に体を捻らせた。
ゆったりと青年の首から紅い液体が流れた。避ける時に掠れたらしい。浅いのはきっと男性がそうしたからだろう。
「ゲホゲホッ!ちょっ、酷っ!」
「演技は止めろ。殺るなら本気で来い」
青年はそう言うとポケットカッターを取り出し、それを男性に向けた。そんな戦闘準備OKな青年を見て男性は溜息を吐きながら両手を挙げた。
「降参。降参」
青年は怯む事なく、睨んだまま
「降参=死だぞ」
と言った。男性は「うー」と唸ってから「違うな」と言った。青年は眉間に皺を寄せ「何がだ!」と叫んだ。男性はまたゆっくりと口元に弧を描いた。
「だって、俺はお前に殺されないから降参=死 は『無い』」
男性はキッパリと答えた。青年は青筋を浮かべ地を蹴った。そして男性に向かって走った。そして男性の心臓部分にポケットカッターを向ける。
クサッ
ポタポタと愛しい紅い液体が流れた。それは青年が持っていたポケットカッターからだった。
青年の持つポケットカッターの先には―――男性の掌があり、そこに貫いて心臓にギリギリ届かなかった。
男性は少し眉間にしわを寄せながらポケットカッターを握った。
「人殺しだけが生き甲斐のガキに―――殺られるかよ」
ヒトコロシ?
「違うッ!!!」
青年は無理矢理男性の掌からポケットカッターを抜き、また男性に向かって突く。だが今度は呆気なく避けられ、その手首を強く握られた。反射的にポケットカッターを放してしまった。
それでも青年は諦めず握られた右手とは別の左手で男性を殴りつけようとした。だが、その拳は男性の紅く濡れた拳により呆気なく捕らわれた。
男性はまた口元に弧を描いた。だが、その黒い目は全然笑っていなかった。それに青年はゾクッと背筋が震えた。
そしてギュッと目を深く瞑った。
(殺されるッ!!)
だが、その予想と反して手を掴む男性の手は離れた。それに青年はゆっくりと目を開けようとした時、頭の上に手を乗せられ、その手は髪を掻き混ぜる様に動いた。
「『殺られる前に殺る』・・・か。凄い悲しい世の中になったな」
男性はそう言うと頭を撫でる手を青年の肩に移動させ、その手で青年を引っ張った。青年は男性の胸に顔を埋められる形になった。
青年は一瞬驚いたが、すぐに我に返り、ポケットから予備のポケットカッターに触れる。
「敵じゃない」
男性は独り言の様に言った。ポケットカッターを触れる手がピクついた。
「敵じゃない。君みたいな小さな子供の敵になる訳がないだろ?」
青年はポケットカッターを掴んだ。
それに気付いた男性は青年の手を無理矢理ポケットから出した。
紅い液体が ポタリッと零れた。
「馬鹿野郎ッ!!」
男性は初めて声を荒げた。
何で?青年には分らなかった。
この紅い液体は、青年の指、親指以外の4本指の第一関節下の肉の切れ目から出ているのに。
間違ってポケットカッターの刃を握った訳じゃない。もう『終わり』だと思ったから触れた。でも指を切りつけても死ねない。知っていた。
じゃぁ何の為に指に?
その時馬鹿に答えが分った。『本当に俺は俺か?』それが急に分らなくなったからだ。
『俺は俺か?』『別の誰かじゃないか?』『あの人以外にこんな事をしてくれる人はいるか?』
男性はポケットからハンカチを取り出すと、青年の手首に気付く縛った。そして青年の指を高く上げた。
青年は男性を見上げた。無表情に。そして今抱く疑問を口にした。
「何でそんなに悲しんでいる?」
男性は今にも泣きそうだった。青年はそれなりの腕だが、男性はそれ以上だ。そんな男性が血如きで泣く訳がない。
だが青年には分らなかった。男性は今までの笑顔なく青年を見た。
「お前が自傷行為をするからだろ?」
その言葉に青年は無表情のまま血塗れる四本指を見た。紅い液体は指を過ぎ、掌を過ぎ、肘を過ぎ、薄茶色の床に落ちていた。
青年は目を細めた。
今まで誰も心配してくれなかった。
皆怖い顔。
風邪で苦しんでいるのに、何もしてくれなかった。
体中が痛くても。
だから、皆痛みを感じないと思った。
痛みを感じないからこの痛みを感じないんだ。
もしかしたらこの痛み自身『痛み』じゃないのかもしれない。
『痛み』は何か?じゃぁこの感覚は何か?どうしても分らなかった。
男性は青年の傷口を片手で傷に触れぬ様に包み込む。
「痛いの痛いの飛んで行け」
何の言葉か分らない。そんな言葉を言った。
だけど、男性の声が酷く心地良かった。
「痛くない?」
男性が問えば青年はゴクリッと頷いた。それに男性は「良かった」と言い、笑った。さっきから笑っている笑顔じゃない、心底の笑顔だった。
男性は指を包む手を離し、また青年の頭を撫でた。
「これから独りじゃない。これからは俺がお前の側に居るからな」
男性の言葉に青年は目を見開いた。その見開かれた瞳から透明の液体が溢れ出た。
「苦しむ必要はない。悲しむ必要はない」
その言葉が呪文の様に聞こえた。その呪文で青年の無表情がくしゃりと歪んだ。そして押し殺していた嗚咽を漏らした。男性は己の胸に青年の額を付けさせた。
そして子供をあやす様に背をポンポンとゆっくりっと一定に叩いた。
「シャマル!」
「近づくな!変態!」
シャマルが叫ぶが家光は聞く耳を持たず、シャマルの細い腰に手を回した。
「愛しているよ」
と8Cm上から呟かれシャマル自然と白い顔を紅く染めてしまった。それを見た家光は「可愛いvV」と言う。勿論その後シャマルの肘鉄を食らう。
「お前な!」
「ははっ、やっぱしシャマルは笑顔が似合うぜ」
家光の言葉にシャマルはしゃがみ込んだ。
「あの日、俺とお前が出会った日、痛くなかったのか?」
痛いはずだ。掌を貫かれたのだから。家光はニカッと笑った。
「痛かったぞ」
やっぱしな、と思った時家光は続けて言った。
「お前の悲しそうな顔を見て凄い胸が痛かった」
「え?」
家光の言葉にシャマルは目を見開いた。家光は笑いシャマルの少し長めの髪に触れ、その髪を少し紅みかかった耳にかけた。
「凄い悲しい顔をしていた。そんな子供を見てるだけで痛かった」
「掌を貫かれた時は」
「ははっそんな事あったなー。・・・でも、俺はソッチの方が痛かった」
家光はそう言うと複雑そうに顔を歪ませるシャマルの首に腕を回し、シャマルの唇に触れる。すぐに離されニカッと笑った。
「でももう大丈夫だ。お前の幸せそうな顔を見る度幸せになれる」
シャマルは眉を顰めた。
(本当に欲が無い奴・・・)
でも
(そんなコイツをあの日、俺は、心を開かせた)
今生きて居るのは、コイツのお陰だ。
ただ『生かした』だけじゃない。『幸せ』をくれた。もう一度『信じる』を教えてくれだ。
シャマルは笑みを浮かべ腹を抱えて笑った。それにつられる様に家光も笑った。
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@言い訳@
暗いていうか、血トバトバです。が、病むキャラが書けて後悔はないです!しかも最後(無理矢理だけど)ハッピーエンド!これは・・・話に関係あるか・・・謎ですorz
設定的にこの時既に666の病気を持っていたら良いなーとか。否、598個・・・最後の一個は後で発病!そして家光さんが必死に看病!そんな話を書いてください(ド殴)
では色々とスイマセン。失礼します。平成21年6月30日
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