この想いが消えればどれだけ幸せだろうか?
この手にあるモノ全て、消え失せれば夢へと戻れるだろう。
希望など要らないから。
希望を持てば、弱くなるから。
温もりなど要らない。
心など要らない。
だから、手を離した。あの時。
【Non ne ha bisogno】
月光が酷く綺麗な日だった。
シャマルは眠りにつけずにベランダで酒を口にしていた。月をぼんやりと見て、たまにベランダの下の車や人を見つめる。
本当に平和だ。すぐ近くに人を殺す殺し屋が居る事も知らずに・・・今頃家に帰る事を考えているのか?
そう思うとついくくもった笑が出た。その笑いを抑えようと酒を仰(あお)ぐ。
今日のシャマルは酷く機嫌が悪い。
一見したら『機嫌が良い』と思われるだろう。しかし実際は違う。機嫌が悪いとテンションが上がる、と言うモノだ。
シャマルは必死にそのテンションを酒に集中させていた。だが、フッとした瞬間に機嫌が悪い原因を思い出し、フツフツと体が熱くなる。
「あの野郎・・・」
シャマルは月を見上げたまま呟いた。
あの日、小さい戦士だったシャマルは捨てられた。町を放浪していた時、ある人に出会った。
その人にシャマルは『この世』と『裏世界』を教えてもらった。さらに664の病気を持ち、なんとか生命を維持させてもらった。
そんな彼のある噂を耳してシャマルは機嫌が悪いのだ。
『彼はボンゴレの裏きり者だったんだってよ』
裏きり者?はっ!あの人を裏切ったのはお前らだろうが!
ガコッとシャマルはまだ酒が入っている缶を握り潰した。そのまま月に向かって投げた。(良い子の皆は真似しじゃ駄目だぞ★(ド殴 )
シャマルはそのまま部屋へと戻った。戻った・・・・
「で、何でお前が居るんだよッ!!」
「無用心にも鍵が開いていたから〈キララ〜ン〉」
シャマルが部屋に入ってすぐ目に入ったのは、ノウノウとソファーに座る家光の姿であった。
家光は平然と片手を挙げニコヤカにくつろいていた。シャマルはそんな無断侵入者の腹を勢い良く殴った。
「ノオォォォッ!!」と家光は腹を押さえながらしゃがみ込んだ。そうとう来たらしい。たてにシャマルは殺し屋じゃない←?
シャマルは家光の背を蹴り、ソファーから出した。空いたソファーにドカッと座った。
「凄い酷いじゃないか!シャマルちゃん!!」
「うるせぇ犯罪者。無断侵入で訴えるぞ。後『ちゃん』と付けるな」
「もう、本当に酷いなー。もとわと言えばシャマルだって無断侵入じゃないかー。ねー、家主さん」
家光はソファーの裏に居る人に言った。ソファーの後ろには一人、男性は倒れていた。紅い絨毯(じゅうたん)で目立ち難いが、紅い液体が今も流れ広がっている。
「なぁシャマル・・・」
「それ以上言うなよ」
家光はハァと溜息を吐き、立ち上がった。そしてソッポを向くシャマルの頭を勢い良く叩く。
シャマルは頭を抑えながら「何するんだよッ!!」と家光を睨む。だが睨む目はすぐに開かれる。
家光の顔には既にいつものヘラヘラ笑顔がない。生真面目な顔。家光はたまに恐ろしい程に生真面目な顔をする。
否、生真面目と言うよりも『無表情』と言った方が良い。何の感情も無い、操り人形の様な顔。
家光はシャマルの胸元が露になる程開かれている胸くらを掴んだ。そしてクイとシャマルの顔に近づく。
「何をカッコつけているんだよッ!お前は何をしたか分かっているのかッ!」
「知っている。人殺しだろ?」
平然と答えるシャマルに家光は右ストレートに殴った。シャマルは左を向いたまま顔を家光の方へ向けなかった。
それでも家光は構わなかった。否、ソッチの方が都合が良かった。
「確かにお前は殺し屋だ。だが、これは任務じゃない!それ以前に『組織内の奴』を殺すなど問題外だッ!!」
家光が知る限りソファーの裏に居る人間はボンゴレの人間だ。裏切りも何もしていない・・・ただ、シャマルの事を良い様に思っていない・・・人間・・・。
それでもシャマルは自分に良い様に思ってない相手を殺す程馬鹿じゃない筈だ。だが現に起きてしまっている。
これは許し難い事態だ。たとえそれが『親しい以上の関係者』だとしても、時には粗末しなければならない。
黒い髪の間からシャマルの目が見えた。目は家光の方を向いている。それに家光は顔を歪ませるが、やめた。
すぐに表情を消す。
「何故殺した?答えようじゃ、お前自身の命も―――」
「要らない」
「あ?」
シャマルは顔をようやく家光の方に向き、家光の胸くらを掴む手の上に手を乗せた。
「全て、要らない」
家光は眉を顰めた。
シャマルの瞳は虚ろで、光が一切ない。まるで昔の、人殺しだけが全てだった時の様だった。
シャマルは家光の手に乗せていた手を滑る様に腕を這い――――家光の首元に触れる。
シャマルはゆっくりと笑みを浮かべた。
「俺はさっきまで機嫌が悪かったんだ。」
首に触れる手がゆっくりと家光の首を撫でる。
「でも、今は違う」
撫でる行為が一瞬に止まった。
「今は酷く機嫌が良い」
シャマルはそう言うと家光の首をゆっくりと絞める。
要らない。
全て要らない。
皆要らない。
この世界なんで要らない。
こんなこんな――――優しさなんで要らない。
結局、俺を置いて居なくなるんだろ?
居なくなって消える前に、俺自身がお前を壊す。
シャマルの頭の上にポンッと手が置かれた。
シャマルはそれに家光の首にかける手を緩めた。そうすれば『良く出来ました』と言うかの様に頭を撫でられる。
「馬鹿だな」
そう言うと家光は今までシャマルの胸くらを掴んでいた手をシャマルの背に触れ、そのまま抱き寄せた。
「泣くなよ。抵抗する気も、処罰する気もなくなるだろ?」
シャマルは家光の言葉に首にかけていない手で目元に触れた。指先が濡れた。
何で泣いているのか、何時泣いたのか、シャマルには分らなかった。
「シャマル」
シャマルはフッと気付いた。家光の声も抱きしめる手も震えている事に。それは恐怖からか?それとも悲しいから?
違う気がした。違う・・・じゃぁ何だろうか?
その答えを導く前に家光は言葉ではなく、行動で教えてくれた。
カチャリッとシャマルのこめかみに銃口が付けられる。
「知ってるか?シャマル」
「世間よりも意外にマフィア界の方が契約事に厳しいんだぜ?」
「人を殺しても良い」
「だけどな」
「組織内の、裏きり者じゃない奴を殺しじゃいけねぇ」
「知っていた筈だ。でも、もう、手遅れだ」
シャマルは家光を見上げる。
家光の顔は――――悲しみに歪んでいた。