足音が鳴り響く。


 とてもゆっくりと。まるでホラーの様に。


 でも少し離れた所でいつも足音が止まる。


 でも本当は足音なしに近づいてきているんだ。


 足音立てずに残りの距離を近づいているんだ。



「見つけましたよ。しつちょ」


こうやっていつも。



【聞こえない距離】



 今日も忙しい黒の教団。なんでもドイツで奇怪な出来事が起きたらしい。その情報が本当なら『イノセンス』の可能性がある。

 科学班フロアはその可能性を確かめる為忙しく働く。勿論、科学班班長であるリーバー・ウェンハムも例外ではない。

 リーバーは右手に資料、左手にペンを持ち書類である紙に計算式を刻む。その音はもはやペンの音ではなく、戦車の様に激しかった。

 そんなリーバーの目には3日も徹屋で出来てしまった隈がくっきりとしていた。それだけではなく頬骨が浮き出ている。

 かなりお疲れなりーバーにカラカラと点滴を引き攣り近づく人物が一人、現れた。

 ジョニー・ギル。彼はカラカラフラフラとしながら「はんちょ〜」と気弱に近づく。

 リーバーは相変わらず戦車の様にペンを動かしながら「なんですかー」といつもは使わない敬語で答えた。リーバーは極端に忙しい時には敬語を使ってしまう。それは敬語が寝付いているって訳だが・・・。

 ジョニーは半分泣いている声で、体力半分は余裕で減らすダイナミックな一言を言った。


「室長が逃げました」


 リーバーは机をバンッと叩きながら立ち上がり「あのくそ巻き毛ぇぇぇ!!!」と叫んだ。

 このクソ忙しいのに!そう思いながらリーバーは何人かのメンバーを選出し室長を手分けして探した。

 「しつちょー!!」と叫びながら教団内を回る。食堂は勿論、実験室やら鍛錬所まで行った。

 けどいない・・・。


「・・・あそこか?」


 リーバーはボソッと呟き向かった。

 向かった先は―――今は使われない資料室。

 本当に全然使われていない為かなり埃が酷かった。リーバーは常備のハンカチで鼻を押さえながら埃積もった床を見た。

 此処に居る確率は酷く少ない。室長が逃げて見つからない度に此処を探していたが、見つけた試はない。

 でも床を見れば毎回行っているリーバーの足跡と別の新しい足跡があった。真新しい足跡は真っ直ぐ前にある机の奥へと続いていた。

 ここは資料室と言われているが、実際は実験室だった場所だ。

 此処に偽のイノセンスを直接体内に入れると言う実験が行われていた。此処はそんな実験体が閉じ込められていた部屋の一つだった。


 リーバーが此処を見つけたのは班長になる前、本部に来て2ヶ月ぐらいの時だった。

 此処は鍵がいつもしていた。だからリーバーはドア越しで此処に居る少年と話をしていた。

 とても楽しかった。リーバー自身酷く若くして入った為に話相手が居なかったのだ。だから少年と話せてとても嬉しかった。

 それに少年の話はとても面白かった。


 でもあの日は違った。


『苦しいよ・・・リーバー・・・』


 その声にリーバーは近くの開いていた実験室にあった椅子を手に取り、その扉を壊した。

 酷く埃ぽかった。部屋は真っ暗だけど、背に点いている光で少年が見えた。

 否、バケモノだ。

 体が顔が腕が足が、膨れ上がっていた。その皮膚に血管が浮いていたり、丸い水疱瘡みたいなものが浮いてあった。それだけじゃない。どこの骨か分らない赤い骨や肉片が飛び出ている。

 物体がリーバーに向かって膨れあがった手を差し伸ばしてきた。


『リー・・・バー』


『あ、』


  あああああぁぁぁああぁぁっ!!!


 それから少年がどうなったか知らない。ただ、あの部屋は自由に入れる様になったし埃だってなくなっていた。ただ少年の声がないだけだった。


 今はすっかり埃ぽさが染み付き、ハンカチなしじゃ入れないくらいだ。

 室長が此処に?否、室長だから驚いている訳じゃない。人が此処に居る事に、だ。

 まぁあの事件の事を知らないなら仕方ないか。そう思いながら一歩一歩と近づく。

 真新しい足跡の横を。そうすれば二人で一緒に此処に入った様な感じになった。そう思うと『あの少年と一緒みたいだなー』と思ってしまう。

 もしかしたらこの足跡は少年のかもしれない、そうも思える様になった。


 コッ・・・

 リーバーは止まった。そして頭を左右に振った。


 少年はもう居ない。


 リーバーは皮靴を脱ぎ、残りの歩数を音を鳴らさない様に歩いた。

 こんなに埃が積もっているにも関わらず軋み音一つ聞こえてこなかった。

 何で音を鳴らさない様にしたか、リーバー自身分らなかった。ただ、このまま音を鳴らして進むのが怖かったのだ。何故かは分らない。

 そして足跡が切れた場所で止まった。机の上に足跡があった。足跡と一緒に手の後もある。此処に登ったのだろう。

 机の下を覗けば長身のコムイが小さく三角座りをしていた。リーバーはそれに安堵の息の様な呆れの息の様な息を漏らした。


「見つけましたよ。しつちょ」


 そう声をかければコムイは体をピクつき上を見上げた。リーバーの不機嫌な顔を見てコムイは苦笑を浮かべた。


「よく見つけたね・・・」

「まぁアンタの行動は大体お見通しですから」


 リーバーは笑みを浮かべてそう言う。勿論頬には怒りマークがくっきりとある。コムイは「にゃは☆」と汗を大量にかきながら言った。

 それにリーバーの怒りが当然の様に爆発をした。


「しつちょ!!!アンタって人は―――ゲホゲホッ」


 だが埃ぽい部屋の為、埃で喉をやられてしまった。それにコムイが「大丈夫?リーバー班長?」と真剣に心配した様に声をかける。

 その心配した声が嫌でリーバーはコムイの手首を掴んだ。


「説教は廊下でしましょうね」


 と言うとコムイは小さく返事をした。コムイは立ち上がり背伸びをする。そしてリーバーよりも先に扉へと向かう。

 「あーあー見つかっちゃった」と言う声が聞こえた。見つからなかったらずっと此処に逃げようと思ったのだろうか?もしそうならリーバーは毎回此処に来る事になる。それは何か嫌だなーと思った。

 でも多分此処に逃げないとしてもリーバーは此処に来るだろう。何故かは分らない。でも此処に探しに行くだろう。


『リーバー』


 リーバーはフッと後ろを振り向いた。埃が一気に舞った。後ろにある光で埃が煌く。その煌く埃に一瞬少年が見えた。

 リーバーは目をゆっくりと見開く。少年はあのぷよぷよに膨れあがった姿じゃなかった。それでも『あの少年だ』と分った。

 少年は優しく笑みを浮かべながらゆっくりと口を動かした。


『          』


 有難うじゃない。ごめんねでもない。そんな在り来たりな言葉じゃない。とても意外で、とても近い答えて・・・。


「リーバー班長?」


 コムイの声に今度は扉側に振り向いた。光が眩しくてつい目を細めてしまった。だがその光の向こうに立っているのは漆黒の髪を持つ室長だった。


「どうしたの?」


 心配している声だった。リーバーはもう一度後ろを振り向いた。埃が光を反射していたが少年の姿は何処にも居なかった。

 改めてコムイの方を向く。そしてゆっくりと首を振った。


「いえ、何でもありません」


 リーバーはそう言うとコムイの方へ向かう。



 きっと探していたのはコムイ室長じゃなかったんだ。


 あの時失ったモノを探していたんだ。


 そう、君を。


 もう此処に来る事はない。リーバーもコムイも。そして、少年も。

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@言い訳@
 最初はコムリバにしようとしたんですよ!そしたら急に少年がorz本当にスイマセン・・・しかもさりげなくグロいですねorz少年の最後の言葉は『さがしてくれたんだね』です。ただ書いた後にその言葉を忘れて2文字くらい足りずにあせりました・・・我ながら忘れるのが早くで悲しいですorz
 では色々とスイマセン。失礼します。平成22年2月8日




背景画像提供者:MECHANICAL
 asagi様