このままで良い。


 モスカがいてくれる。


 モスカは裏切らない。



 そんな言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。


 もし喋る事が出来るならこう言いたい。



君はロボットじゃないんだ。人間なんだよ、と。



【Se】



 此処はスパナの作業場。とても広い部屋だが、モスカが4台(+ミニモスカ)もある事によってかなり狭く感じる。

 そんな作業場にずっとスパナはいた。此処には窓がない。一応腕時計はしているがスパナがそれを見る時は比較的少なく、どれ位経ったか分らなかった。

 スパナは無表情のままナットを締めていた。

 スパナは細い。体も腕も足も・・・とにかく痩せていた。食事の時間も寝る時間も少なく、ずっとモスカを作っていた。

 そんなスパナは周りから見たら変な人で――――

 その時扉が乱暴に開く音がした。扉にはホワイトスペルのDランクの人間が数人いて、スパナの所へ向かっていた。


 また、だ。


 スパナは外で戦う事はない。だがスパナが作る機械は全て素晴らしいもので・・・だからスパナはBランクと言う素晴らしい地位を持っている。

 さらに同じ機械畑出身である入江と仲が良い。だけどスパナ自身人付き合いが極端に下手でスパナに良い様に思う人はそうそういない。

 だから良くスパナはそんな奴等に罵声を浴びさせられたり、暴力を振られたりされる。

 スパナは抵抗をしない。かと言って上司である入江やγに言ったりもしない。


 ただ相手が出て行った後に大きな手の人差し指を握って独り言の様に呟くんだ。


「ウチはモスカがいるだけで良い」


「他に何もいらない」


「モスカは裏切らない」


「ウチだけのモスカだ」


 冷たい鉄の固まりは殴られて熱くなったスパナの手を冷やすかもしれない。でも、そんなの無駄だと知っている。

 何度も思った。もしこの手に温度があったなら、手を冷やす事は出来なくでも冷たく狂ったスパナの心を温める事が出来るのに・・・と。

 本来ならプラックスペルがなんとかするだろう。だけどプラックスペルもスパナの事を厄介者扱いをしている。

 だからスパナはずっと独りぽっちだった。

 いや、本人はそんな事すら思っていないかもしれない。モスカがいるのだから。

 扉がまだ開かれた。


 プラックスペルリーダー兼六弔花の一人である、γだ。


 スパナもモスカもγが嫌いだった。モスカの事を『ロボット』で一括りにするし、スパナをプラックスペルのお荷物として見るし・・・。

 とにかく嫌いだった。

 γはいつもスパナに話しかける事なく、壁に寄りかかってスパナの作業を見ていた。

 γが此処に居る理由は『監視』だ。スパナが変な行動を取らない様に、と。


 どれだけスパナを一人ぽっちにしたら済むのだろうか?


 スパナは相変わらずγに背を向けている。此処から見えるスパナの顔には痣が何箇所もあり痛々しかった。

 自作の飴をずっと左に押し付けたままだ。スパナが緊張したり恐怖を感じたりする時いつもそうだ。

 飴を動かさない。それと一緒に感情も顔に一切出ない。

 そんなスパナを見てるだけで酷く悲しい。人ってこんなにも感情を表に出さないのか、と。



 毎回思う。


 もしも喋れたら『きっと受け止めれる人が居るから人のいる場所に行って』と言うのに。


 もしも体温を持っていたら『その凍て付く心』を溶かすのに。


 もしも体が動けたら『抱き』しめるのに。



 もしも、もしも人間だったら――――
                  スパナを愛すのに。



 でも喋れない。動けない。ただの金属の塊だ。

 いつかスパナはこう言った。


『モスカは裏切らない』


 裏切らないんじゃない。動かないし喋る事も出来ないんだ。だから王子様の様にスパナを助け出す事も出来ないんだ。


 いつも壁に寄りかかっているだけのγがスパナに向かって歩き出した。


 止めろ・・・


 γがスパナに近づいてくる。


 スパナに近づくなッ!!


 γがスパナの肩に触れる。


 スパナに触れるなッ!!!


 γが――――



 スパナをこれ以上苦しめるなッ!!!!



「お前、その顔どうした?」


 γの声にスパナは無言のままナットを締め続ける。

 γはスパナの肩から手を離した。その代わりに作業をし続ける手首を握った。

 手首に痛みを感じたスパナはピクッと体を震えた。それを見てγは手首をすぐに離した。

 γはスパナの前に回り、しゃがみ込んだ。スパナは俯いていた。γは思っていたら以上に痣が痛々しかったのだろう、眉を顰めた。


「誰にやられた?」

「・・・」


 スパナは黙り込む。


 誰も救ってくれないからね。

 γだって救うとは思えない。ただの興味かもしれない。


 だからこれ以上苦しめるな。スパナを苦しめるな。


 γはスパナの両肩に手を置いた。そして少し揺らした。


「スパナ!」


 スパナの色素の薄い青い瞳がγを見た。


「・・・アンタには関係ない」


 無機質な声が聞こえてきた。スパナの声は酷く機械的だ。

 人間らしい感じがしない。


 アンタ等が追い詰めたんだ。


 アンタ等のせいだ。


 スパナはγの腕を払い立ち上がり歩き出した。

 酷く嫌った外へと。



 もしも喋れたら『行くな』と言うのに。


 もしも動けたら止めに行くのに。


 何も出来ない。何も―――


「スパナッ!」


 γがスパナに近づき、スパナを後ろから抱きしめた。


 何故?


「行くな」


 γの顔は苦痛に歪んでいた。まるでこっちの思いが伝わった様に。

 スパナはそんなγを見上げ不思議そうに顔を傾けた。


「・・・何で悲しんでいる?」

「俺だって情はあるんだぜ?」

「非情?」

「少なくでも非情じゃねぇな」


 その後沈黙が続いた。微かにスパナは震えていたが、γは抱きしめる手を離さなかった。

 γは苦痛に眉を顰めたまま目を瞑り、数十秒して目を開けた。


「ずっと此処に居て確信した事があるんだ」

「・・・」

「俺とお前は似てない」


 当たり前だ。スパナはずっと独りぽっちだ。アンタみたく弱いもの虐めする奴と一緒にするなッ!


「それでも俺は――――」


 γは口を開くが、そのまま何も言わず口を閉じた。

 そして抱きしめていた手を離した。

 そのまま扉に向かって歩き出した。

 扉の前、γは止まった。


「本当に馬鹿だな」


 そう笑い混じり言うと出て行った。


 最低だ。


 今すぐに追いかけて殴り飛ばしたかった。


 それすらも出来ないなんで――――


 スパナは何事もない様にさっきまで作業していた場所へと戻った。やっと飴を左から右へと動かした。

 いつもの様にスパナはナットを回した。いつもと変わらぬ様に・・・。

 だが二回程回して手を止めた。

 スパナの目が大きく見開き、ナットから扉へ目を向けた。


「・・・まさか・・・」


 スパナは手に持っていた道具を地面に置き、扉に向かった。

 そしてγの様に出て行った。


 もしも動けたら追いかけたのに。


 それすらも出来なかった。



 それから1時間もせずに戻ってきた。『γ』も一緒に。

 γはいつもの様に壁によりかかった。ただ今は立っているのがしんどいのか座り込んだ。

 γの頭から、右腕から赤い液体が流れていた。スパナは救急箱を持って行く。


「アンタは馬鹿だな。ホワイトスペルに一人で行くなんで」

「別に良いだろ?・・・別にお前の為に行った訳じゃないからな!」


 γはぶっきら棒にそう言う。どうやらγはホワイトスペルに一人で突っ込んだらしい。

 恐らく理由は、スパナだろう。

 スパナはγの右腕に包帯を巻きながら


「・・・分かっているよ」


 と静かに言った。

 γはそっぽを向いたまま目線だけスパナに向けた。その目線がそっぽの方を向く。

 目と目が合った。向こうは合っているとは思っていないだろう。そんなγの目は揺れている様に見えた。 γは顔をスパナの方に向け、口を開いた。


「嘘だよ」


 γはそう言うとスパナのカナリヤ色の髪を撫でた。


「お前は一応ブラックスペルだからな。リーダーの俺がやらなくでどうする?」


 その言葉にスパナは手当てする手を止め、γを見た。


半開きになった口から飴がパランスを崩して――――


あぁ。
――――床へと落ちた。


もう必要ないんだ。




 もしも喋れたら『おめでとう』と言うのに。



「ばっ!飴が落ちたぞ?!」

「・・・あ」

「『あ』じゃねぇよ!」

「大丈夫だ。3秒ルールで・・・」

「止めろ!これはもう3秒ルールの域を超えている!」


 だからこの光景を見ながら、聞こえないだろうけど呟いて見る。



「 オ メ デ ト ウ 」


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@言い訳@Se=もしも

 無駄に長い話ですorzでも珍しくハッピーエンドですよ!きっと!(ド殴)γさんが相変わらずγさんじゃないですがorz
 ちなみに視点はモスカです。モスカ⇒γスパナ未満です。まだもや未満・・・。端から見たらモスカはかなり女々しいキャラに・・・。
 では色々とスイマセン。失礼します。平成22年2月8日




背景画像提供者:Atelier Black/White 氷室夕霧様