雲が流れているぜよ。


 後ろへ向かって。


 じゃから俺は前を向いて歩く。


 そうすれば、時を早めている感じがした。


 それは優越感であり、


 焦燥感でもある気がする。



 きっと気付かない、この気持ち。



【雲】



 文武両道を目標にかかげている立海大は、テスト期間中に部活を禁止している(例外を除く)。

 試合が近くにないテニス部はその流れにのっとって部活が停止されている。その為にテスト期間である今、昼中に帰れるというスペシャルが行われているのだ。

 仁王はテストが終った後に学校で勉強をする程熱心ではないので、歩いて帰る事にした。

 前も後ろもボツボツと歩く人が見える。それをボーと見ていたり、フッと空を見上げてみたりしていた。

 雲が後ろへ流れていく。8割雲の空は酷くテンションを低くさせる。少し先を見れば青い空が覗いているが、その先にまた雲がある。

 どうしようもない雲地獄だ。


「しかし・・・あれぜよ・・・」


 仁王は空から隣へと視線を移動させる。


「昔の俺だったら、テスト帰りにお前と並んで帰ると言ったら、絶対に発狂していたぜよ」


 その顔には意地の悪い笑みが浮ばれていた。その言葉に隣の男、真田弦一郎は眉間にしわを寄せた。


「相当お前は俺が嫌いらしいな」

「昔は、ぜよ。今は大好きなりよ〜」


 仁王は声高くそう言うと、真田の鍛え上げられた筋肉のついた腕に抱きついた。それに真田の顔が一気に紅潮して慌てて腕を振る。

 本当に可愛いのぅ・・・仁王はそう思いククッと笑い、手を離した(というよりも、離された)。


「場をわきまえろ!」

「ケチじゃのぅー、少しくらい良いじゃろ?減るもんじゃないし」


 頭の後ろに手を組みながらそう言うと真田は顔を真っ赤にしながら「何を言う!これだから最近の若いもんは・・・」とボツボツと苦情を言う。

 それに仁王は迷わずに「真田も一応若いぜよ」とツッコミを入れる。それに真田が更に声を荒げ「一応、とはなんだ!」と反論した。それに仁王は腹を抱え笑った。

 昔も今も真田をからかうのは酷く楽しい。ただ、今はその中に『愛しさ』が混じり合っている。

 フッと周りが暗くなった。太陽が雲に隠れたのだろう。それに仁王は上を見上げる気になれず、ただ前を見た。

 女子生徒のクループがかん高い声で馬鹿笑いをしている。


「気付かないんかな?」


「何がだ?」


 ボソッと呟かれた声に即座に反応する真田。それもそうだ。この場にいるのは仁王と真田の二人だけなのだから。

 仁王はフッと笑みを作った。



「いや、ただあんなに馬鹿笑いして、空が暗くなった事、気付かないんかいなっと思っただけじゃ」



 口にしてみれば、どうでもいい事だった。だが何処かに引っ掛かってでぐるぐると回る。

 俺もついさっきまであいつ等と同じだったのに・・・。

 曇りかけた空の下で、足下の影が薄くなる事も気付かずに笑っていた。

 同じ人間だ。人を馬鹿にして、笑って、どうしようもなく笑って、苛ついた時に誰かに八つ当たりをして・・・・愚問をさっき口にしたんだ。


 あぁ、不安なんじゃなー


 空に意識が捕らわれる、それはつまり、他になくで・・・。

 真田と一緒にいると発狂するんじゃないか?そう思っていた。実際になっていたかもしれない。もしかしたら今の状況かもしれない。

 話す事もない。隣にいる恋愛感情も何も分かっていない堅物と一緒にいて、視線があっちこっちと動き回る。

 気付かぬ間に苛たち、気付かぬ間に飽きて・・・。


「あかんのぅ・・・俺、本当に真田の事嫌いかもしれん」


 雲が、後ろへと過ぎていく。


 何かの思いと一緒に。


 何かの時と一緒に。


 無情に、過ぎていく。



「そうか」



 女子の馬鹿笑いの声をBGMに低い声が聞こえてきた。


 そうか?


「何がじゃ?反論せんのか?」

「反論もなにも、それはお前の気持ちだろ?」


 真田はそういうと仁王よりも数歩前を行く。

 深緑の壁がどんどん遠ざかる。

 それが怖くて仁王は床を見下ろす。


 これじゃ俺は雲になる。


 後ろへと過ぎる雲に。


 過ぎた雲はいつか忘却する。


 今までの思いも。



 ――――この思いも――――



「気付かなかったんのは、俺の方ぜよ・・・」


 影が濃くなる。


酷く不安になる。酷く酷く酷く・・・


「空なんでなくなれば、良いんじゃ!」


 パッと空を見上げた。


 空がない。


「何意味の分らん事を言っておる」


 真田の腹立つ見下ろし顔がそこにあった。

 まめが潰れて堅くなった手が仁王の前に出される。


「置いていくぞ」


 仁王は真田よりも更に上、空を見上げた。


 あぁ、青い・・・。


 遠くに見えた青い空の部分が此処までやってきたのだ。


 馬鹿じゃのぅ・・・女々しいのぅ・・・真田がそんな事気にする性分じゃないって知っておるのに・・・。


 仁王は自然と口元が緩む。


「やっぱし俺は嫌いじゃ」

「別に人に好かれようとしておらん。そもそもそんなのは煩悩だ!」


 煩悩か・・・。

 仁王は出された掌を弾いた。真田が少し面食らっている隙に、前へと駆け出した。


 雲が後ろへ流れる。


 俺が前を歩けば、きっと雲の流れが速くなる。


 それでも、いつかはその雲が晴れて――――



「俺は真田が嫌いで大好きじゃ!」


 意味の分らん苦しみも、喜びも、きっと理由などない。


 あっても、きっと、雲と一緒に去ってしまう。


「だから場をわきまえろっと言っておろう!」


 二人で歩けば、きっと止まった思いも過ぎ去る事が出来る、筈!

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@言い訳@
 意味の分らない話です・・・テスト期間中よく駅まで一時間かけて歩くのですが、その時空を見てフッと思った事です。後ろに雲が流れて、私が前に歩いているって事はバスを待っている生徒よりも先の空の下にいるのでは?と。それは少し優越で喪失感でもある訳で・・・そんな事を書こうとしたら、変な話にorz
 では色々とスイマセン。失礼します。平成22年12月11日



背景画像提供者:Abundant Shine 裕様