世界が壊れれば、何かが始まる。


 きっとそう願っているのは自分だ。


 でも壊れるのを嫌うのも、自分自身だ。


 それは臆病だと思うが、きっと違う。


 きっとこれは倫理。



abaddon



「なぁ何でリーバーはそんなギリギリまで働く訳?」


 ひっくり返った視界の中で、ティキが俺を見つめていた。どうやら俺は椅子をひっくり返して眠っていたらしい。

 俺は差し伸ばされたティキの手を握り起き上がる。そして改めて周りを見た。

 科学班フロアには眠っている人間が数多くいた。起きる気配など微塵もない。


 皮肉なモノだ。


 命を削って仕事をしている彼等のすぐ近くに、敵であるコイツがいるのだから。

 しかも、その敵は上司である俺の親友なんでな。

 俺は異端者だ。本来ならアレンではなく、俺が罰しられるべきなんだ。

 ティキは俺の頭に手を乗せ、わしわしと頭を撫でる。それに俺はムッとしてティキを睨みつけた。


「なんだよ」

「いやー可愛いなーと思ってな」

「こんなやつれた奴を見て可愛いって、お前は本当に頭が可笑しい」

「恋っていうのは人を可笑しくしちまうんだぜ?」

「いや、お前の頭の可笑しさはそんな綺麗な理由じゃねぇだろ?」


 俺がそう言うとティキは「そうだよなー」とゲラゲラと笑った。勿論少しは声を殺して。

 もしも俺がエクソシストだったら間違いなく咎落ちをしているだろう。世界っていうのは何で理不尽だろうか。

 俺はどんだけノアと交わってもバレなければ罰など問われない。なのにまだ若い少年少女は今日もAKUMAと言う名の兵器と戦っている。

 不公平だ、それを不公平の頂上にいる俺がいうのもあれだが・・・。

 俺は未だに撫でるティキの手を払う。そして改めてティキを見つめる。


「何しに来た」

「怖いねー」


 ティキは肩を竦めていう。本当にお前は変わらない・・・いや、違う。変わった。

 前はこんなに仕事熱心じゃなかった筈だ。少なくとも俺の前で『黒い』姿で現れる事は滅多にしなかった筈だ。

 なんだってティキは俺の前では『白い』姿を好んでいた。


「俺はただリーバーが心配で来ただけなんだけど?」

「心配ねー」

「そう、心配」


 ティキはそう言うと俺のカーゼが張られた頬を指先で触れる。

 北米支部で負った傷だ。額にもカーゼは張られている。


「お前は無理ばっかする奴だからな」

「誰が無理をさせているんだ。誰が」

「はいはいごめんな」


 全くだ。お前等が暴れまわるから、俺は大変なんだ。

 頬から手が離れようとする。それを俺は掴む。


 あぁ、なんで変わらない手首なのだろう。


 まだノアだと知らなかった時と同じだ。当たり前だ。同一人物なのだから。

 俺は一旦目を閉じる。


「きっと俺は地獄に落ちる。底なしの地獄だ」

「おいおい急になんだよ」

「だってそうだろ?俺は神に逆らってお前と会っている」


 なんで酷い言い訳だ。

 俺は昔から天才児として教団に売られた。そして英才教育でずっと部屋に閉じ篭っていた。

 それが当たり前で、外の世界など知らなかった。だから物語りの世界などただの知識でしかなかった。

 それが全て違って、知らない世界が広がっていると知った時の絶望感。その時俺は人知れずに神を呪った。

 呪ったけど、無駄に頭が発達した俺はすぐに気付く。神を裏切ったら俺の居場所がなくなる。

 此処を追い出されたら俺は何処にも行く場所がない。どんだけ頭がよくても、人の付き合い方を知らなかった。

 だから周りからの視線や暴力などをずっと我慢した。必死に神に請いでいた。


 そして神が寄越したのがティキだ。


 否、違う。



 ティキが神を破ってやってきたのだ。



 俺は異端者。

 きっと神は俺に罰を与える。底なしの地獄へと。

 二度と這い上がれないかもしれない。ぼんやりとそう思う。

 でも、そんな遠い世界に怯えて神に請うのは疲れた。どんだけ請いでも、神は何も与えてくれないのだから。

 神が与えるのは試練という名の気まぐれな苦しみだけ。

 俺は無理矢理に口端をあげて笑う。


「俺が地獄に落ちて、許されるまで、お前は待ってくれるか?」


 異端者。何で醜い異端者なんだ。

 俺の中の世界が壊れる事を俺自身望んでいる。

 なのに、壊れない事を望んでいる。

 でも俺が交わっている世界は俺が壊れても何事もない様に動くんだ。

 どんなに災害が起きても、季節は、時は動き続ける。

 きっとその莫大な時間の中、ティキは俺を忘れる。

 俺もティキの事を忘れるかもしれない。


 どうせなら、今すぐ罰してくれよ、神様。


 その時俺の頭の上にティキの手が乗っかる。

 その手がゆっくりと動く。


「馬鹿だな。お前が地獄行きだったら、俺も地獄行きだ」


 一筋の涙が零れた。


 “この世界は壊されてはイケナイ”


 人としての思い、倫理がそう叫ぶ。だけど、相手に大切な人がいる。

 俺はきっと倫理がぶっ壊れている。なのに、何処かで倫理に縋り付いている。



「そうか」



 俺はただそう言った。


 神様。神様。


 俺は地獄に落ちても良い。でも、彼はただ選ばれただけなんだ。それでも彼は地獄行き?

 神様。神様。俺だけが裏きり者です。


 神様。


「じゃぁ来世はこんな苦しまずに、笑い合おう」


 どうか、彼だけでも光を。



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@言い訳@
 ティキリバ・・・なんか酷く悲しい話ですorz(ド殴:本当だ!)ティキリバどうしても悲しい話になってしまいます。どうも敵同士の恋愛って悲しいですよね。しかも同い年だと『何で同い年でこんなに頑張ってるんだろ?』とか『同い年相手が敵?』とか。より身近に感じますよね。
 では色々とスイマセン。失礼します。平成23年5月8日




背景画像提供者:短生種の戯言 マスタァ様